川越の歴史

川越は埼玉県の南部にある市で、2015年現在約35万人の人口を擁する県内でも有数の自治体です。中核市、業務核都市及び保健所政令市に指定されています。市内に残る川越城や明治からの蔵造りの街並みなどが人気を呼び、多くの観光客を集めています。
市の名称は平安時代末期から中世にかけて地元に栄えた豪族河越氏に由来しています。川越市内では荒川と入間川が合流するため、古来から要衝の地とされ、平安時代から河越氏が興隆して鎌倉幕府の有力御家人となり、江戸時代には有力親藩の領地となりました。江戸時代には新田開発や殖産に力を入れ、特に知恵伊豆と言われ、名君としてで有名な松平信綱は野火止用水などの灌漑・治水工事を行いました。明治維新後も先進的な発展が続き、埼玉県で最初に市制を施行しました。現在でも東京のベットタウンとして、また観光、産業、商業都市として発展を続けています。
市内から東京方面へのアクセスにはJR東日本の川越線、東武鉄道東上線、西武新宿線があり、新宿や池袋、渋谷などのターミナル駅と結ばれています。更に相互乗り入れをしている埼京線、東京メトロ副都心線や有楽町線、東京臨海高速鉄道りんかい線なども利用できるので、銀座方面や東京湾岸へのアクセスも非常に便利になっています。かつては水運によって江戸と結ばれていましたが、現在は高速道路網が整備され、都心との物流も盛んです。
1960年代から積極的に工場誘致を行い、市内では工業が盛んです。また、農業では江戸時代からサツマイモの特産地となっています。
市の中心街には全長2qに及ぶ商店街があり、埼玉県内でも有数の集客数を誇っています。